”青春とは人生のある時期をいうのではなく心のもち方である・・・・”
SAMUEL ULLMAN

貴方は'96年6月1日から番目のご訪問者です



私がこの「青春のページ」を設け、サミュエル・ウルマンについてご紹介をしてから実に多くの方々からお立ち寄り頂きました。そして私のWEBへリンクを張ってくださる方が全国にどんどん増えてきました。




 ● 丸次の方はご記帳いただいたのですが、Mail-Addressがないのでご返事を差し上げられません。ご連絡下さい。(’00年3月29日現在)


  横山 拓さま(高知県)・・・ご質問にお答えしたいのですが!

  廣田 光彦さま・・・COPYをお送りしたいのですが!

  M崎 雅人 (鹿児島県)・・・ MAILーADDRESSをお知らせください!


Youth is not a time of life, it is a state of mind!...............
........................................Samuel Ullman Born on 13 April 1840 and died on 21 March 1924.............................................

「 詩人 サムエル・ウルマン 」について

  私はかねがね、幻の詩人とも言われている「サムエル・ウルマン」が書いた「青春の詩」を座右の銘としています。  「青春の詩」は、ウルマンが70代で書いたものです。彼は1840年4月13日、ドイツのヘヒンゲンでユダヤ人両親の長男として誕生しました。その後、両親とともにアメリカに移民し、後半生をアラバマ州バーミングハムで過ごしたのです。ウルマンは、教育者として、またユダヤ教のレイラビ(精神指導者)として、実業家として幅広く精力的な活動をしていましたが、晩年になって数編の詩をつくりました。実はこの「青春の詩」は1922年に家族が発行した詩集「80年の歳月の頂から」の巻頭の詩です。ウルマンはこの詩集が発表された2年後の1924年3月21日84歳でこの世を去りました。

「 青春の詩と日本 」

  この詩は「リーダーズダイジェスト」が1945年に”HOW TO STAY YOUNG”のタイトルで掲載しました。そして、1955年、故ダグラス・マッカーサー元帥がロスアンゼルスで講演をした際、この「青春」を引用。1958年、森平三郎が群馬県桐生の東毛毎夕新聞に「岡田義夫訳」の「青春」を紹介したことによってこの詩が次第に広がりはじめました。その後、1982年、宇野収氏が日経新聞に「青春」の一部を紹介、大きな反響を呼びました。

  1985年、この詩に心を深く打たれた故宮沢次郎氏(当時トッパンムーアー且ミ長)の精力的な運動によって「青春の会」が発足、財界産業界のとトップたちの共感を呼び、静かにして強力な活動がはじまり、その活動は一つの大きなうねりとなって日本全国を覆い始めたのです。その2年後、財界人200名による「青春」と作者をたたえる大会が開催。ウルマンの遺族も来日し、1992年サミュエル・ウルマン賞が制定されました。そして各界から浄財が募られ、ゆかりの地バーミングハムにサムエル・ウルマン記念館の開館となり、彼の胸像も建立されました。


「 私とサムエル・ウルマン」係わりについて

1968年にたまたま私の会社がトッパン・ムアー社(現在トッパン・フォームズ社)と取引を始め、宮沢氏の知遇を得た私は、彼を通して「青春の詩」知ることになりました。インタ−ネット時代の到来を迎え、私がWEBにこの詩を紹介して以来、この詩について実に多くのことを知りました。数名によって日本語に訳され、それぞれがそれなりに格調高く、「青春の会」が、岡田義夫氏の訳を使っていたこともあり、また会員が各地でそれを紹介したこともあって、今日、岡田義夫氏の訳による「青春の詩」が全国的に一番有名になっているようです。もちろん、この「詩」について数名による著作も出版されています。

「 私とサムエル・ウルマンの曾孫デビッド 」について

  1998年4月21日、 Dr David Ullmanなるロスアンジェルスに住む米国人から1通のE−MAILが飛び込んできました。何と、彼はかのサムエル ウルマンの曾孫でした。たまたま彼がホームページをあちらこちらサーフィングしているうち日本のこの私のページに遭遇。そこで「青春」の詩を見つけ、私とこの詩の出会い等を尋ねてきたのです。彼と私の間に太平洋を越えて多くのメールが行き交いました。デビッドは子供の頃、アラバマ州の記念館に一度だけ父親に連れていって貰ったことがあるそうです。彼からのメールの一部をご紹介します。事実は小説よりも奇なり・・・・・・・・・・とはまさにこのことです。



もうすでにご存知かと思いますが「青春の詩」・・・・(岡田義夫訳)その一部をご紹介します。





青春 とは人生のある期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ。

優れた創造力、たくましき意志、炎ゆる情熱、
・・・・(中略)

こういう様相を青春というのだ。

年を重ねただけでは人は老いない。
・・・・(中略)

 歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

    人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる。

    人は自信とともに若く、恐怖とともに老いる。

    希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる。



                                                                                     訳: 岡田 義夫




「 ウルマン作品と前橋文学館 」

  11985月23日から6月28日までの1ヶ月余にわたって、群馬県前橋市前橋文学館にてサムエル・ウルマン展が開催され、展示初日のオープニング・セレモニーには、ウルマンゆかりの米国アラバマ州バーミングハム市長も来館されたとのことです。この前橋文学館には詩人・萩原朔太郎とウルマンの作品が常設展示されているそうです。


「 詩の翻訳について 」

  岡田義夫氏による翻訳のほかに、この詩は他の人々によっても翻訳されています。


「 詩のコピーの必要な方へ 」

  この「青春の詩」は結構長い詩です。昨年、琉球新報主催の「女性サロン講演会」の際お聴きいただいた670名もの女性の皆さんに、翌日、何人かの方から「座右に置きたいのでコピーを貰えないか」とのお電話を頂きました。早速、コピーを作って送らせていただきました。そして、そして先日、県教育庁からの県立高等学校の進路指導の先生方180名に、「青春とは」と題して講演をした際、また、本年8月下旬、税務大学校沖縄支所の上席国税調査官の研修でマルチメディアについての講演を依頼された際にも、この「青春の詩」をご紹介しました。何れにおいても、本当に問題にされるべきは戸籍年齢ではなく、心 のもち方、そして生き方であることを強調しました。もし貴方もコピーが必要でしたら、下の《青春の詩》をクリックしてご遠慮なくコピーをお取り下さい。



私の人生哲学 ・私のプロフィール ・心の病める人へ ・青春の詩 ・今、心に浮かぶこと ・ご訪問の記帳を ・青春の詩のコピー
青春の輪(第1部) ・青春の輪(第2部) ・青春の輪(第3部) ・PC瓦版 ・語るも涙の話 ・ウルマン博士から
随筆集(第1部) ・随筆集(第2部) ・随筆集(第3部) ・GREETING ・MY WORK ・MY HOBBIES ・POEM - "Youth"

Updated 3 July 2002




CLICK HERE FOR E-MAIL
yumeitai@occ.co.jp
Presented by " 夢追い人 "